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京懐石美濃吉本店「竹茂楼」|伝統の川魚料理が楽しめる京都の老舗料亭(PR)

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京都には老舗の料亭や高級割烹が多くありますが、中でも「美濃吉(みのきち)」の名前はご存知の方が多いのではないでしょうか。

関西では京都の本店のほかに京都各所や大阪に、関東にも東京はじめ数店舗が展開されていますし、各地の百貨店でお弁当や美濃吉ブランドのお惣菜も売られていますから、関西以外の方もイメージが湧きやすいかもしれませんね。(※正確には、お惣菜店はグループ会社の運営です)

今回、その美濃吉の本店であり伝統の京懐石を楽しめる料亭、美濃吉本店「竹茂楼」さんの「うなぎ鍋」をレビューさせて頂くことになり、若ご主人の佐竹洋治さんに美濃吉さんの歴史やお料理についてお話を伺う機会に恵まれました。

取材協力:美濃吉本店「竹茂楼」

竹茂楼 若主人 佐竹洋治氏 暖簾には美濃吉の原点である「川魚生洲」の文字が。

老舗の料亭の若ご主人で、竹茂楼の調理総支配人でいらっしゃるうえ、欧州各地での晩餐会やエキスポなどでも腕を振い、世界的に活躍されている佐竹さんですが、ニコニコと気さくに、時には冗談を交えつつ楽しませてくださるお人柄が印象的です。

一般市民がなかなか行けないような高級料亭ですので緊張して伺いましたが、お話をお聞きするうちに、時代に即して非常に柔軟に対応しながら「のれん」と京料理を守り続けている美濃吉流が若ご主人のお人柄にも表れているのだなと納得することになりました。

では、まず美濃吉、そして今回伺った竹茂楼の歴史について簡単に触れておきましょう。

美濃吉は、享保元年(1716年)に初代が美濃国から京都へ移り、鴨川に掛かる三条大橋のたもとに腰掛茶屋を開いたのがはじまりと言われています。現在で約300年、10代目(若主人のお父様が現当主)となっています。

明治時代には鴨川の川べりに大きな店舗を構え、川魚料理の人気店として繁盛し、昭和天皇が即位される折には店舗を料亭形式に大改装して宮家や名士と言われる方々が通われるような高級料亭となりましたが、戦局の悪化に伴い店舗を一時閉店。その後昭和25年に在原業平の別邸があったといわれる南禅寺畔粟田口(現在の本店所在地)にて料理屋として再開することになりました。現在の若ご主人のお祖父様にあたる9代目当主の時代です。

実は9代目のご当主はもともと大学を卒業後、官僚として東京で勤務された後に京都に戻り、百貨店勤めの傍ら美濃吉を継がれたという経緯もあってか、その後の美濃吉のストーリーは他の老舗料亭とはかなり異なる道を歩みます。

昭和33年高度成長期に差し掛かった頃、当時できたばかりの阪神百貨店の「お好み食堂」に出店して人気を博し、それを皮切りに京都や東京の百貨店に京都風の和食店を展開し現在の多店舗化の礎を築くことになります。

また昭和42年~44年には本店を大改築。高級料理を提供する部屋は大幅に減らし、富山から合掌造りの民家を移築して一般のお客様が気軽に京料理を楽しめる民芸調の和風レストランへと方向転換を図ります。この頃には10代目の当主も経営に加わり、和風チェーンレストランも展開するなど、京料理と美濃吉の名を一般に広く知らしめることになります。

今も本店に残る貴重な合掌造りのお部屋

しかし、高度成長期が終わりを告げ世の中が成熟してくると、チェーン店等の大衆化路線から今度は多少値段が張っても本物を提供するという従来の本物志向への原点回帰を決断。調理技術を高めるための教育体制を整えるなど社員教育にも力を入れるようになりました。

そして、平成4年、本店を、数寄屋造りの本館と合掌造りの別館からなる、「京懐石 美濃吉本店 竹茂楼」と改めて今に至ります。

明治期の顧客の一人であった貴族院議員で書家の巌谷一六(いわやいちろく)氏が料亭の繁栄を願い揮毫されたもの

現在ではこちらの料亭形式の本店竹茂楼のほか、関西、関東のホテル等に懐石料理や京風弁当を落ち着いて楽しめる店舗展開をされています。また、京料理や和食の素晴らしさを広く知って頂きたいと、グループ会社として百貨店等にお惣菜の店舗も運営されているそうです。

京都の老舗というと、多くが敢えて規模を拡大せずに代々伝統を守り抜いていらっしゃることが多い中、美濃吉のように時代の要求に柔軟に対応して攻めと守りを巧みに使いつつ伝統を受け継いでいくスタイルは珍しいと思われます。

老舗料亭としても、また美濃吉という企業としても非常に興味深い歴史ですので、つい紹介が長くなってしまいましたが、実際に竹茂楼のお店の中を案内して頂きましたので、ぜひ一緒にご覧ください。

まずは外観です。

門構えからしてとても素敵ですね。ちょうど紅葉の時期でしたので竹の緑に紅葉が色を添えてとても美しい色合いです。門をくぐるとお店が見えてきます。

外観からして高級感が漂っており、一般人は緊張してしまいますが、お店の方が優しく迎えてくださいますので大丈夫です。玄関を入って奥には芸妓さんや舞妓さんが夏のご挨拶にお得意様に配る名入りのうちわがずらり。こういったものも京都らしい感じがしますね。

入り口を入ってすぐは、数寄屋造りの本館になっています。

四畳半から十畳までの個室のほか、中広間大広間があり、今回見せて頂いたのは家族や友人同士の会食で使いやすい小部屋のひとつです。

お部屋の床の間には季節に合ったしつらいがなされており、窓からは小川が流れるお庭の様子が楽しめます。

そして奥へ進むと、9代目が昭和45年に富山から移築されたという合掌造りの別館です。(現在の建物は当時移築したものを再度解体して建て直されています)

こちらは今も民芸風のゆったりとした趣で、廊下に置かれた家具等も民芸家具のような雰囲気で統一されています。お部屋もゆったりとリラックスできる優しい感じで、こういったお部屋で京料理を頂くのもまた面白そうです。

ところで、なぜ京料理の老舗が合掌造りの建物を移築してきたのかしら?と不思議に思い若ご主人にお聞きしてみたところ興味深い答えが返ってきました。

京都の老舗料亭というと、多くが代々その同じ土地に根を張っていらっしゃることが多い中、美濃吉の場合は戦局の悪化で一時閉店の後移転再開を余儀なくされています。それゆえお店には歴史のある建物等が残っておらず、9代目は歴史ある雰囲気の中でお食事を楽しんで頂けるようにと合掌造りの建物の移築を決められたそうです。

現在では合掌造りの家屋は重要文化財となり移築はできませんから、貴重な機会だったと言えますね。お陰で私たちは京都に居ながらにして合掌造りの雰囲気も楽しめるわけです。

竹茂楼で頂けるお料理は、お昼、夜ともに京懐石のコースとなります。
竹茂楼の懐石コースの特徴は、必ず伝統の川魚料理が入ること。名物の鰻やすっぽん、また季節には鮎なども頂けます。

別館に掛かっている、「う まる どぜう」の看板。まるはすっぽんのこと。川魚料理の美濃吉の原点であり、これだけは絶対に守り抜くという意味も込めて飾られている。

鰻源平焼

鰻蒲焼丼

献立内容は基本的には伝統の京懐石に倣いつつ、現代人の嗜好に合わせて和牛を使った献立があったり食後の甘味としてシャーベットを取り入れたりと、様々な楽しみ方ができる構成になっています。

さて、ここまでの内容で皆様も竹茂楼の概要はご理解頂けたかと思いますが、それでもなかなか自分が料亭に行くということをイメージするのは難しいかもしれません。金額的なことはさておいても、料亭なんて予約するだけでも緊張してしまいそうですよね。

ですが、若ご主人からは「もっと(ビジネス等以外の)一般の方にも気軽に来ていただけたらと思てます。」と心強いお言葉を頂きました。

実際、旅行の思い出作りや、婚礼や家族の節目のお祝いなどはもちろん、「プチ贅沢」的なお食事にも使われる方は増えているそうです。

お食事中にも緊張されるかもしれませんが、お食事中には仲居さんはもちろん、若ご主人、女将さんなどがお部屋に来てくださるので、お料理や器のことはもちろん、お部屋のしつらいや歴史のことなど、分からないことや気になることはどんどんお聞きになると良いそうですよ。

若ご主人も「美味しいお料理をお出しするのはもちろんのこと、料亭に来ていただくからには、店の者と話をして頂いて、その時間を楽しんでいただくのが大事なおもてなしやと思てます。」と仰っていますので、安心して訪問することが出来そうです。

京都近郊の方はもちろん、京都旅行を計画されている際などにはぜひ思い切って訪れて欲しいお店ですが、なかなか難しい場合は、竹茂楼さんのお取り寄せもありますので、ぜひご検討ください。

私が実際に「うなぎ鍋」を頂いた時のレポートも掲載されていますのでお読み頂けたら幸いです。

mica

関西在住の40代女性。夫、娘2人の4人家族。 2010年より美容ブログを運営し、コスメの他、旅メディアやグルメ関連のライターとしても活動中です。食器、手芸な...

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